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【2】妻の隣で、彼女からの返信を待っていた

第2話 妻の隣で、彼女からの返信を待っていた

美沙から返信が届いたのは、翌日の昼休みだった。

「メッセージありがとうございます。私もプロフィールを見て、落ち着いた方なのかなと思いました」

その一文だけで、午後の仕事が少し軽くなった。

落ち着いた方。

それは僕を実際に知っている人間なら、まず使わない表現だった。

仕事では部下に細かいと思われ、家では口数が少ないと言われる。

それでも、まだ何も知らない美沙の目には、僕が穏やかな男に見えている。

そのことが妙にうれしかった。

最初の数日は、当たり障りのない話しかしていない。

仕事のこと。

好きな食べ物。

休日の過ごし方。

最近見た映画。

お互いの生活圏が重ならないことも確認した。

美沙は結婚して16年。高校生の娘が一人いるという。

夫とは大きな不仲ではないが、会話は少なく、数年前から寝室も別だった。

「嫌いじゃないんです。でも、もう私を女性としては見ていないと思います」

画面に表示されたその言葉を見て、僕はしばらく返信できなかった。

自分と同じだと思った。

僕も妻を嫌っているわけではない。

離婚したいわけでもない。

家族を捨てたいわけでもない。

ただ、もう一度誰かの目に、男として映りたかった。

「僕も似ています。家庭に大きな不満はないのに、何かが足りないと感じることがあります」

それから、僕たちのやり取りは少しずつ深くなった。

美沙は、夫から名前を呼ばれることがほとんどなくなったと言った。

「お母さん」か「ねえ」としか呼ばれないらしい。

僕も妻から名前で呼ばれることはない。

いつからだろう。

思い出そうとしても、思い出せなかった。

美沙からメッセージが来る時間帯も、次第に分かるようになった。

朝の7時過ぎ。

昼休み。

そして家事を終えた、夜の11時前後。

その時間になると、僕は無意識にスマートフォンを確認するようになった。

通知がないと、少し落ち着かない。

届いていると、胸の奥が温かくなる。

妻と同じ部屋にいるときは、画面を下にして置くようになった。

通知が来るたびに、妻がこちらを見ていないか気になった。

「最近、スマホばっかり見てるね」

ある夜、妻にそう言われた。

「仕事の連絡」

僕は反射的に答えた。

妻は「ふうん」と言い、それ以上は何も聞かなかった。

疑われなかったことに安堵しながら、どこか寂しさも感じた。

僕に他の女性がいる可能性など、妻は想像もしないのだろう。

それほどまでに、僕は男として見られていない。

その夜、美沙から写真が届いた。

旅行先で撮ったという横顔の写真だった。

顔全体が分かるものではない。

けれど、柔らかく笑う口元と、耳にかけた髪からのぞく細い首筋が見えた。

「想像と違いましたか?」

そう聞かれた。

「思っていたより、きれいな人でした」

送信してから、少し踏み込みすぎたかと思った。

しかし美沙からは、すぐに返信が来た。

「そんなことを言われたの、久しぶりです」

その後に、小さな笑顔の絵文字がついていた。

たったそれだけのやり取りなのに、身体の内側が熱くなった。

誰かを喜ばせた。

女性を照れさせた。

そんな感覚を、僕は長い間忘れていた。

数日後、美沙からこう聞かれた。

「実際に会ってみたいと思ったりしますか?」

画面を見つめたまま、指が止まった。

会いたい。

その気持ちは、すでにあった。

ただ、認めてしまえば、本当に引き返せなくなる。

僕が返事を迷っていると、さらにメッセージが届いた。

「変な意味ではなくて、一度お茶をするだけでも」

変な意味ではなく。

その言葉を、僕は都合よく受け取った。

ただ話すだけ。

昼間に会って、お茶をして帰る。

それなら、まだ何も壊さない。

「僕も会ってみたいです」

送った直後、美沙から店の候補が届いた。

人目につきにくい、ホテルのラウンジだった。

待ち合わせは、翌週の金曜日。

午後2時。

予定表には「外出」とだけ入力した。

当日までの一週間、僕は何度もやめようと思った。

それでもキャンセルの連絡はできなかった。

会うのが怖いのではない。

写真の向こうにいた女性が、本当に僕を見てしまうことが怖かった。

第1話はこちら>>  第3話に続く>>

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